コラム

2025.01.28
その他

約束ごとを明らかに

 「コンプライアンス」という用語が定着して久しく、法令遵守や契約管理の意識は高まりつつありますが、未だ、現実の相談の現場では、種々の決めごとが、「口約束」でなされていたがために、種々のトラブルに発展してしまう例をお聞きします。
 もちろん、「口約束」も法的拘束力をもつ契約ではあります。お互いの関係がうまくいっているとき、お互いの思惑に食い違いが生じていないときは、特に約束ごとを意識しなくても、事業を進めることはできます。
 しかし、お互いの関係が何らかの原因で崩れたとき、思惑が違ってきたときにこそ、最初の約束ごとが大いに意味を持ってきます。ここで、約束ごとが「口約束」にとどまっていると、その約束ごとの内容を明確にすることができませんし、そもそも約束ごとがあったのかどうかさえも相手方に示すことができません。究極的には、約束ごとの存在や内容を、裁判の場において証明することができません。
 私は、INPIT知財総合支援窓口の弁護士相談を担当しています。
 最も多いのは、契約締結の支援に関する相談です。契約締結前ですから、まだ対処ができる(希望がある)類型ではあります。ただ、ときには、懸念される契約条項があっても、相手方との力関係で修正をすることができないとか、その懸念を経営陣がよく理解しないがために契約締結が進んでしまうという例もあります。もちろん、懸念される契約条項にも、リスク発生の確率には差がありますし、リスクが発生したときに被る損害にも差があります。懸念される契約条項をよく検討し、例えば、大きな損害を被るリスクが発生する確率が高いということであれば、「契約しない」という選択になります。
 また、冒頭お話ししたように、書面のないところで生じてしまった紛争の相談もあります。守秘義務契約を締結していない中でノウハウを示してしまったことから、競合他社へ製造委託されてしまったような例もあります。業界の慣行、当事者間の慣行など、主張ができそうな要素を検討してお示しするように努めておりますが、そうした事態に至ってしまっては、対処はなかなか厳しいところではあります。成果物の著作権の帰属に関するトラブルもよくあります。事前に合意をして書面に残しておけば、何ら問題になることはないのですが、中には、「これから取引を始めるときに紛争を想定した契約書を締結するなんて」という感想を述べられる方もいらっしゃいます。
 まず第一歩として、取引に入ろうとする相手方とは「守秘義務契約」を締結して、ことを進めることを意識してください。これを理解しない相手方や、逆に、相手方自身のひな型を検討の余地なく締結させるような相手方は、その先、うまく関係を構築できない可能性も多々あります。とかく、初期の段階では、事業の中身に意識が向いてしまうところですが、守秘義務契約締結といった管理業務も、決して「脇役」の業務ではなく、事業成功の両輪をなすものなのです。
 また、その後の過程においても、いつ、誰と誰が、どのようなことを約したのかを、どのような形であれ書面(電子メール等電磁媒体のやりとりも証拠となり得ます。)に残すことをお勧めします。

 

日本弁理士会四国会 弁理士(弁護士) 滝口 耕司