「ビジネスモデル特許」について
日本弁理士会四国会会長の日野和将です。今年度の第1号ということで新たに会長職に就任しました私の方から記事をお届けさせていただきます。私は愛媛県生まれの愛媛県育ちで現在も同県松山市で弁理士として活動しています。とはいいましても、社会人としては東京でデータベース技術者やプログラマー等、IT関係の仕事に長く携わっていました。その後、現職に転身した訳ですが、そういった訳で弁理士以外にソフトウェア開発技術者、ネットワークスペシャリストといったIT関連の資格も保有しています。
今回、新年度の初めての投稿なので何か次の世代を見据えた題材をと思い、「ビジネスモデル特許」についてお話させていただきます。私の専門分野であるということもあります。近年の産業界においてはインターネットが新たな基盤となる所謂第四次産業革命ということが謳われていて、ITという用語もICTへと移り変わりました。IoT(Internet of Things/モノのインターネット)やAI(Artificial Intelligence/人工知能)等の新たな技術が次々と生まれ目覚ましい発展を遂げていて、これらについて特許出願も増加してきています。それに伴ってビジネス関連発明の特許、所謂「ビジネスモデル特許」の出願も同様に増加の傾向にあります。
ここで「ビジネスモデル」とは「当該ビジネスが、誰に(Who)、何を(What)、どうやって(How)、付加価値を提供し、収益を得るのかが盛り込まれたビジネスの仕組み。」(野村総合研究所ウェブサイト)等と定義されていますが、一言でいうと「商売のやり方」であって「商品やサービスを提供する方法」と考えて差し支えないかと思います。具体例を挙げるなら、最近なじみ深いのは、サブスクリプションモデルといって、サービスの利用権利を定期購入させるというビジネスモデルです。有名なものとしてNetflixやApple Music等のコンテンツ配信サービスを想像していただければ分かりやすいでしょうか。
最近では、Microsoft365等、ソフトウェアもサブスクリプションモデルに移行してきています。もっと身近なところではフィットネスクラブもそうです。こちらは昔からあるサービスですが、年会費や月会費を払って施設の利用権を得るということでサブスクリプションモデルといえるでしょう。競合他社と差別化を図るためにサービス提供方法に様々なアイデアが盛り込まれている分かりやすい例ということでこれを出したのですが、例えば、こういったサービスでは「平日会員」等というのをよく耳にすると思います。これは、例えば平日の午後5時までというように利用時間を限定する代わりに会費を割安に設定するというもので、施設の休日や平日夜間の混雑を緩和するためのアイデアといえます。平日に時間がとりやすい人は平日会員となることで安くサービスが利用でき、同時に混雑時間帯から比較的空いている平日昼間の時間帯に利用者をシフトさせることができます。こういったアイデアを最初に思いついたときにサービス提供方法の権利を取得できたら、「平日会員」サービスを提供して好評を得たとしても競合他社は同様のサービスを提供することはできません。
このようにサービス提供方法のアイデアであるビジネスモデルで特許権を取得できたら、顧客獲得競争においてとかく有利な立場を取ることができます。しかしながら、前述の例のようなビジネスモデル、すなわち「利用時間帯を限定して、これに対応した料金を設定する」ということについて、現在の日本においては特許が認められることはありません。なぜならば、日本で特許が認められる要件として、その発明が「自然法則を利用したもの」でなければならないという規定があります。従って日本国内の特許は全て、力学、電気、化学反応といった自然現象を司る法則を利用して実現した技術に対して認められたものなのです。それに対してこのビジネスモデルは人為的な取り決めに過ぎず、特許の要件である「自然法則を利用した」ものではないから特許は認められないという訳です。
それではどういったものが日本ではビジネスモデル特許として認められるのかということですが、それはビジネスモデルがコンピュータ等の情報機器を用いて実現されるものです。つまり、ビジネスモデルにおいて扱われる情報がコンピュータ等の情報機器によって処理・管理されるものです。このようなビジネスモデルは同機器上で実行されるソフトウェアとして、特許が認められます。有名なものとして「逆オークション特許」というものがあります。これは簡単に説明すると、航空チケットの売買において、購入者側が利用したい区間を指定して入札を受けつけ、これに対して販売業者側が販売価格を提示して入札し、一番安い価格を付けた業者が落札する、というものです。特許請求の範囲に記載された発明の概略としては、
ステップ1.購入者が条件(区間、希望価格)を含む申込情報をコンピュータに入力する
ステップ2.購入者が前記申込情報に関連付けられた口座情報をコンピュータに入力する
ステップ3.前記申込情報が複数の販売業者に出力され、販売業者はこれに対して販売価格をコンピュータに入力する
ステップ4.前記販売価格が購入者に出力され、購入者は販売業者を選択してコンピュータに入力する
ステップ5.選択された販売業者に購入者の口座情報が出力され、販売業者はこれに基いて決済処理を行う
となります。なお、上記内容は分かりやすいように一部改変しています。このように、このビジネスモデルはコンピュータによって情報処理されることによって実施されているといえるので、特許が認められたという訳です。
従って、前述の「平日会員」サービスについても、最初に思いついたときに、利用条件・会費の入出力、入会申込み処理をコンピュータで行うソフトウェアとして特許出願したら特許が認められた可能性があります。しかし、ここで気を付けなければならないのは、全てのビジネスモデルが特許に適しているという訳ではないということです。というのは、「逆オークション特許」の場合、購入者と販売業者とは地理的に離れた場所にいるので通信回線を介して情報のやり取りをしなくてはならないし、多数の入札情報の集計もしなければならないのでコンピュータなしで実施するのは現実的ではありません。従って特許としての実効性があります。これに対して、「平日会員」サービスについては、紙の帳簿と会員証でもサービス提供できそうですし、そうされたら特許を回避されてしまいます。つまり、せっかく特許を取ってもアイデアを真似されてしまう可能性が高いといえます。このようにビジネスモデルというのは、装置のような具現化された製造物と比べて、極めて抽象性が高いものであるため、それを言葉で具体的に表現された特許に落とし込むのは容易でないといえます。つまり、それをソフトウェアとして特許したときに回避される余地があるのか、はたまた、その余地がないようにどの部分を特許として抽出してくるのか判断が難しいものであります。
特許というと、一般的にはまだまだ製造業にしか関係がないように思われていますが、前述の通り、第四次産業革命が進行し、ICTが飛躍的に発展していく中で、ビジネスモデル特許の比重と重要性は高まっており、知財戦略においても避けては通れない路になると考えています。ビジネスモデルを特許化するのに判断が難しいところがあると述べましたが、この点については知財の専門家である弁理士がこの新しい分野にも対応すべく研鑽を積んでおり、的確かつ有効なサポートを提供できる態勢を整えております。今後、ビジネスモデル特許についてお考えでしたら、ぜひ一度弁理士の方までご相談いただけたらと思います。
日本弁理士会四国会会長 弁理士 日野和将